ライター伊達直太/取材後記2020

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取材後記 2021

会社勤めについて 1月某日 晴れ

会社員、最強か。
コロナ禍で、ずっとそう感じている。
(業種や業態によって差が大きいことは知っているので、あくまでも一般論としての会社員、です)
例えば、今までは毎朝、満員電車で会社に通っていた。終電の時間が迫るまで、社内とか社外のお付き合いにお付き合いしなければならなかった。
でも、今は違う。リモートが正義で通勤は悪だ。上司や取引先との宴会もないし、時間の無駄だと思う付き合いを断る合理的かつ社会的な理由もできた。
報酬制度は能力主義に傾きつつあって、それが会社員の長期的な不安要素にはなっているのだけれど、そうはいっても終身雇用の年功序列はちゃっかりあって、しかも労組が強いからベースアップもあって、その率は、当面のインフレ率よりも大きい。
それに加えて、サラリーマン向けの減税政策もつく。給料は変わらず、全員一律の給付金ももらえる。ちなみに、コロナ禍だけど株価が30年ぶりくらいの高値で、ビットコインも高値更新中で、投資用不動産の価格も超絶高い。そりゃ、そうだろう。だって、給料が減らず、かつ国から給付金が出るのだから、余ったお金はリスクマネー(投資資金)になるさ。
とか、いろんなことを考えて、あらためて組織に属することの価値が浮き彫りになったのが今だと思う。
きついのは経営者だろう。経営側から見ると、社員の雇用はサブスクに近い。つまり、給料という定額費用で一定のリターンが見込めるし、労働力の効率と能力は基本的にアップデートされる。その恩恵を受けるのが資本主義の原点だとすれば、それが根幹から揺らぐ。
サブスク視点で言うと、技術(リモート環境とか)が向上するほど利用料は安くなるのが当たり前である。
しかし、雇用に関してはそうはならない。むしろ高くなるのが現状である。
私は雇用者と従業員が両方わかる弱小個人事業者だから、現状は圧倒的に被雇用者である会社員が強いんだろうなあ、とか思いながら世の中を見ている。
会社員、羨ましいなあ。
そう感じつつ、会社員向きではない自分の性格を悔やんだりしている。

経済と健康の狭間について 1月某日 晴れ

二度目の緊急事態宣言である。
ただ、今回は学校も幼稚園も休みにならないようなので、前回とはそこが違う。
昨年の春は子供らが家にいたので、ずっと遊んでいた。
おかげで仕事面でのダメージはでかかったが、遊んでいる時間は楽しい。
得体の知れないウイルスが存在している環境に子供らを放り込むなら、仕事が減ることのほうが1億倍マシだと思った。
今回は逆で、仕事は通常通りに取り組めるが、子供らのことで気をもむ。
子供を持つということは、世界に人質を出すようなものだ。そう言ったのはヘミングウェイだったか。
経済的な負担か、それとも心理的な負担か。
どちらかを選択せざるを得ないコロナは、今さらながら強敵だと思う。
コロナ対応を巡る世の中の議論も、そこが噛み合わないのだろう。つまり、経済を止めて感染を防ぐか、それとも感染を仕方ないと捉えて経済を守るか。
どちらも思想であるから、これは噛み合わない。
国と国の宗教戦争が永遠に終わらないのと同じで、決着はつかないし、勝ち負けも決まらない。そもそも思想には勝敗がない。
そう考えると、コロナは潜在的な思想の境界線を可視化したのかもしれない。
例えば、意思決定層は経済、市民層は健康を重視する(人が多いように見える)。若い層ほど経済、高齢になるほど健康を重視する(多分)。
そういう差は、従来はぼんやりとしていた。
労使が揉めたり、高齢者と若者がぶつかることはしょっちゅうあり、実はその背景にも経済か健康かの議論があったりするわけだが、しばらくすると「どっちのも言い分も正しいよね」「共存共栄を考えようね」みたいなところでソフトランディングさせてきた。
そこにあった曖昧な境界線がコロナによって明確になった。思想という基準で敵と味方が明らかになった。
この分断は大きな変化で、重大なコロナ影響の1つである気がする。
多様性がまだまだ浸透していない社会で、相互理解とか協力する意識などを奪うことにより、コロナは人を本質的に弱体化させている気さえするのだ。

一年のはじまりについて 1月某日 晴れ

新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

年賀状を読み、ラインとかメールとかツイッターの「あけおめ」メッセージを読んで、「ああ、みんな元気でよかった」と感じたことのは初めてのことだ。
私のような物書き商売は直接的なコロナ禍の救済や支援はできない。
なので、せめて医療とか宅配便とかコンビニとかスーパーとかで働く人の負担にならないように、おとなしくしておこうと思う。
そんな非アクティブな年始の抱負を立てるのも初めてのことだ。
通常であれば、今年はこれをする、あれをやる、どこに行く、みたいな行動的な抱負を立てる。要するに、新しい年にはなったけれども、依然として通常ではない状態が続いている、ということだ。
そう考えると「おめでとうございます」って挨拶も、今年はなんだか白々しい。
幸い、近い人でコロナになった人はいない。ただ、感染リスクが高いところで頑張っている人は何人かいる。
彼ら、彼女たちが健康を害すことがないよう、ただ祈るばかりである。
自分と子供たち以外の安全、健康、幸福を願った年始は、震災の年に続いて、今年が2度目である。
さて、今年はどんな年になるのだろうか。
予定では五輪開催がある。もしコロナの深刻化が遅れていたら、昨年は予定通りに東京五輪が行われて、日本は感染者で溢れ、国全体がクラスタになっていただろう。そう考えると、五輪延期はファインプレーだった。
英断ついでに、あと1年くらい、おとなしくしていてもいいんじゃねえかと思うし、完全無観客でやるなら、外国人は来ないし(来ても見られないし)、家でテレビを見るステイホームの推進になるかもしれないから、やってもいいような気がしなくもない。感染から観戦、みたいな流れでね。
何にせよ、私にどうにかできることではないので、うがいと手洗いで今年もどうにか生き延びようと思う。長く生きているといろんなことが起きるよね。悪いこともあれば、いいこともあるわけだけど。

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ライター 伊達直太

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