ライター伊達直太/取材後記2019

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取材後記 2019

1年が終わることについて 12月某日 晴れ

毎年、12月はバタつく。
誰が考えたのか知らないが、師走とはよく練られた言葉だ。
師が走るのだから、私のような若輩者は全速力で駆け抜けなければならない。
想像しただけでひざが痛い。
とくに今年は1年を通じて走りっぱなしだったような気がする。
お正月とお盆と旅行した時を除くと、多分、休日はゼロである。
よく働いた。誰にも褒められないので、自分で自分を褒める。
有森さんもきっとそういう心境だったのだろう。
有森さんが42キロなら、私は100キロくらい走るくらい謙虚な気持ちで年末年始を走り抜けようと思う。もうすでにひざが限界のような気がする。
ところで、私は自宅兼仕事場で物書きしているため、仕事ぶりが子供らに丸見えである。
見られているから仕事をするわけではないが、子供が見ているということは、たまに意識する。
勉強しなさいと嗜める父親が、だらだらしていたのでは説得力がない。
かといって、頑張っているアピールは美学に反する。
子供は親の背中を見るというけれど、彼らはどんな姿を見ているのだろうか。
私には仕事の悩みがないから、悩んでいる姿は見たことがないはずである。
大喜びするようなこともないので、はしゃいでいる姿も見たことがないだろう。
だとすると、子供らが見ている仕事中の私は、無表情でパソコンをカタカタやっている人、くらいの認識なのかもしれない。
もしかしたら、仕事をする人という認識は薄く、料理を作ったり、買い物に行ったり、一緒に公園で遊んだり勉強を教える人という認識なのかもしれない。
実際のところ、仕事をしている時間は長いが、子供らと過ごしている時間はさらに長かったような気がする。
今年もよく働いた、と思ったが、バタついている中でみた錯覚だったらしい。来年はもう少し働きます。
お世話になった皆様、今年もどうもありがとうございました。
2020年もよろしくお願いします。

自然の脅威について 11月某日 晴れ

強烈な台風であった。
史上最大規模とか100年に1度とか東京の3割が浸水するとか、鳴り物入りの鳴り物が過激だったせいか、終わってみれば意外とそうでもなかった感がある。
しかし、そうはいってもハギビスこと台風19号は強烈であり、被害を受けた方々のことを思うと自然の脅威を畏れずにはいられない。
自然は怖いものだとしっかり認識したのはあの大地震の時だ。私以外にもそう感じた人は多いはずであるし、防災意識も高まった。
しかし、所詮、人間にとっての大災害はテールリスクである。忙しくしているうちに記憶が薄れ、危機感が薄れる。何年か経って再び、自然は怖いと思い知らされる。
その点から見ると、怖いのは自然そのものよりも記憶の風化なのかもしれない。
「すごい台風だったね」と、お互いを労い、安堵する瞬間から、すでに次の災害に対する警戒心や危機感は薄れ始めていく。
もちろん、学習していないわけではない。震災の時と比較すると、当時は政治がお粗末だったせいで様々な人災が状況を悪化させた。私はもともと政治に興味がないが、2011年以降は全く関心を持たなくなった。有事において政治が全く役に立たないことがとてもよくわかった。
今回の台風でも、例えば電車の計画運休は被害を最小限に抑えたファインプレーだったと思うが、それを決めたのは民間企業だ。人々を救ってくれたのは消防、救急、警察、行政、自衛隊であり、政治はやっぱり役に立たなかった。
そういうことも含めて、受難は昔から繰り返されているのだろう。
日本は地理的に災害が多く、大勢が被害に遭ってきた。我々が自然の脅威にどうやって向き合ってきたかというと、一応の備えをして抗いつつも、守りきれないものはあるだろうと自分たちの無力さも認めてきた。守りきれずに失ったものの儚さや切なさを詩に詠んだりして心を落ち着かせてきた。
それが結果として自然を尊ぶ日本の文化と日本人のメンタリティを育てたのだと思う。
私も日本人だからその気持ちはわかる。ただ、自然を畏れつつも、やっぱりどこかで自然のバカヤローと言っておきたい程度の憤りはくすぶっている。

起業のタイミングについて 11月某日 晴れ

景気が良くなると起業が流行る。
これは過去にもよく見られたパターンで、脱サラブームとかフリーターブームとか、個人の金回りが良くなると「自分でやろう」という機運が気持ち的にも経済的にも高まりやすくなる。
私は起業したいと思う人を支援したい派だし、そもそも稼ぐ力の本質は自力で稼ぐことであると思っているから、今が起業のタイミングだと思うならぜひ挑戦してほしい(景気動向的にもしかしたら少々遅いかもしれないので、決して推奨はしませんが)。
その際のポイントとなるのが、いわゆる堀江さんセオリーとしてよく知られる起業して成功するための4つのポイントである。
4つのポイントは、開業資金が安い、定期収入が作れる、在庫を持たない、利益率が高いことだ。
これはまさにその通りで、私が20年くらいに渡って物書き商売でそれなりに食えてきたのも、物書き商売がこの4つのポイントを押さえているからだと思う。
ただ、4つのポイントを押さえていたとしても起業後の経営がうまくいくとは限らない。
例えば、在庫がない仕事はリスクが小さい。しかし、在庫にも良いところがあって、手持ちの現金がショートした時には在庫を売っ払ってお金を作れる。
また、定期収入についても、あった方が経営が安定しやすいのだけれど、定期収入と会社員の固定給は本質的には同じであるから、そこを目指すのは起業する人として本末転倒なような気がする。
結婚はできても結婚生活を維持するのが難しいように、あるいは子作りはできても出産や子育てが難しいように、起業と経営は延長線上にあるのだけど案外別のもので、別の条件が必要になったりする。
ならば、起業後はどうすれば良いかというと、その点について書いたビジネス書がたくさんあるので、知識的には本を読み漁れば良い。
ただ、やってみてわかることもある。体験してようやくわかることもある。
そういう意味でも、やってみるのが近道だ。やってみてうまくいかなかったとしても、ダメージが小さく収まりやすいという点から見ても、今が最善のタイミングなのではないかと思う(景気動向的に少々遅いかもしれないので(ry)。

過去と今のつながりについて 11月某日 晴れ

とある取材で聞いた話。
人は、生きていくための武器を過去の経験を通じて身につける。
武器とは、例えば、社交性、集中力、稼ぐ力、愛される力などである。
また、その経験をする時期には一定のパターンがあり、4歳、13歳、18歳くらいの時に経験したことが、その後の人生で活きる武器になりやすい、らしい。
私は基本的には人のいうことを鵜呑みにしないが、面白そうな話には乗ってみるタチではある。なんとなく自分の過去を振り返ってみると、思い当たる節がないわけでもない。
例えば、4歳くらいだったころ、詳細はここには書かないが、私は自分の力で生きていかなければならないのだと思った。突き詰めていえば、誰かを頼ることの危うさや、誰かが面倒を見てくれると期待する虚しさを知った。
13歳は、私が日本から米国に引越しした年齢である。この時、黒い髪と黒い目の自分が異質な存在になる環境があるのだとわかり、単一化されている世界にはない勝負の勝ち方とか逃げ方を覚えた。
18歳は日本に戻ってきた年だ。多様性の世界から再び同質性の世界に戻り、画一的な価値観が肌に合わず、周りと違う道を選ぶことにした。具体的には、会社員として働く人生を諦めて、自分が心地よく感じる人生とを探すようになった。
その後、特に紆余曲折なく根無し草の物書き商売を始めることになり、今に至る。もちろん、自分の思考や価値観に影響を与えた経験は他にもあり、出会い、別れ、失敗、挫折、苦悩(は、特にないか)、成功(もしてないね)など、あらゆる要素が複雑に噛み合って今がある。
ただ、4歳、13歳、18歳の話を踏まえるなら、自力で生きる覚悟(4歳)、勝てるところを選んで勝負する意識(13歳)、周りと違うことを躊躇なくできること(18歳)は、いずれもフリーで働く人生に通じるし、この3つがフリーで働く上で少なからず武器になっているようにも思う。もしかしたら、18歳の時にすでにフリーになることが決まっていたのかもしれないし、その他の人生はありえなかったのかもしれない。
人生は一本道でなので別の人生を想像しても意味がないのだけれど、自分が何を武器にして生きているのか考える契機にはなりました、という話である。

思い込みについて 11月某日 晴れ

孤独が苦手だ。
とはいえ、私もいい年こいたオッサンなので、腹が減れば1人で焼肉でもお好み焼きでも行くし、飲みたい時は1人で居酒屋も行くわけだが、そういう状況になる度に、漠然とした寂しさと恥ずかしさを感じて、やっぱり誰かが近くにいた方が良いよなあと思ったりする。
そういう話を知人にしたところ、「え、そうなの」と言われた。
知人から見た私は、孤独を好む人間なのだという。
いやいやいや、と十分に否定した上で、私はいかに自分が孤独を苦手としているか熱弁した。ただ、話しながら、ふと思ったことがある。
(オレ、ホントニ、コドクガ、ニガテナンダッケ?)
そんなことを思いながらも、私はいつも仲間とつるんでいたのだと話し、暇さえあれば誰かと飲み歩いていたことを話し、その時々の苦悩や喜びを周りにいる人たちと共有しながら生きてきたと話すのだが、知人はさっぱりピンときていないような顔をする。ピンとこいよ、この野郎。そう思うとともに、やっぱりこんな思いが頭に浮かぶ。
(アレ? オレ、コドクガ、スキナンジャナイカ?)
いやいやいや、そんなことはない。今だって毎朝チビを幼稚園に送り、ボウズの習いごとにもついていき、みんなで一緒に食事することを至福に感じている。それだって、突き詰めれば1人でいることへの恐怖心の裏返しではないか。
そうだ。ウサギは寂しいと死ぬという。私はウサギ年だ。12分の1の確率で、孤独を苦手とする年まわりなのだ。
わかるか。わかんないのか。ピンとこいよ、この野郎。
そういう話をしているうちに、私は諦めた。ついに認めた。
(オレ、コドクガ、スキ)
1人で黙々と作業する物書き商売が快適なのも、飲み会などにいかないのも、友人が少ないのも、たまに1人旅がしたい願望にかられるのも、あらゆることが過去数十年の自己分析を否定している。
自分の性格は自分がよくわかっている。そう思っている人は多い。
しかし、自分よりも他人の方が自分のことをよくわかっていることもある。

リスクについて 10月某日 晴れ

フリーランスはリスクが大きい働き方であるらしい。
当事者である私は、実はそうは思っていない。
何をするか、どうやってやるか、といったことにもよるのだけれど、自分のことは自分が一番よくわかっている。自分の性格や自分が置かれている状況をわかっていれば、もっともコントロールしやすいのは自分であり、個人であらゆることが完結するフリーランスは、不確実性という意味でのリスクはもっとも小さいと思っている。
心理的には、人は基本的にリスクを回避したがるらしい。
そりゃそうだろう。
高いところに行けば落ちる可能性がある。見たことがない食べ物は毒である可能性があるし、見知らぬ人と付き合うと騙される可能性がある。
だから、リスク回避という意味では、見知らぬ土地へはいかず、不気味な食べ物は食わず、素性の知れない人とは付き合わないのが正解である。そういう選択ができるのはフリーランサーである。だから私は今の自分が低リスクな人生を歩んでいると思っている。
会社員はそうはいかない。出張で飛行機に乗るし、接待で飲み食いするし、初見の人と商売をする。
一般的には会社員は低リスクだと言われるが、私から見るとリスクだらけだ。
一般論として会社員はリスクの意識が低いと言われるが、リスクが多い環境で生き抜いている会社員は、実は潜在的にはリスクを回避する能力が高いとも思っている。
同時に、会社員はリスクに鈍感なのだろうとも思う。高いところはリスクだが、自分が高いところにいるのだと知らなければ恐怖感はない。子供がやたらと危険なことをするのも、リスク選好的だからではなくリスクに鈍感だからである。つまり、フリーはリスクが大きいよねと言う会社員の人は、私が抱えているリスクは見えるが、自分が高い場所に立っていることに気がついていない。
それはとても羨ましいことである。なぜなら、リスクというものを意識し始めた瞬間から、どこにいても危険と恐怖を感じるようになり、身動きが取れなくなるからである。今の私は、まさにそんな状態である。それはそれで、新しい発見がないという点でリスクと言えるのかもしれない。

仕事の定義について 10月某日 晴れ

仕事をどう定義するか。
ある人は稼ぐための手段と定義する。ある人は人の役に立つことと定義する。
大まかに言えば、この2つのパターンに分けられるのではないか。
これが意外と重要で、どちらと思うかによって仕事と向き合うあらゆるアプローチが変わる。
例えば、儲からないけど人の役に立つ仕事があるとしよう。
仕事は稼ぐための手段なのだと考える人は、稼げなさそうだと思うから、おそらく手をつけない。
一方、人の役に立つことが仕事なのだと考える人は、役に立つことなのだからやらなければならないという前提に立つ。つまり、稼ぐためと考える人とは真逆の判断になる。
もちろん、どちらかに究極的に偏っている人は少ない。
稼ぐ側に偏った人は究極的には大悪党になるだろうし、役に立つ側に偏った人はボランティアを経由して宗教家になる。普通の人はどちらでもなく、稼ぐと役に立つの間にいる。
その時々の自分が置かれている状況とか、育ってきた家庭環境とか、どういう人と付き合い、どんな人に影響を受けたかによって少なからずどちらかに偏り、稼ぐ側に寄っていたり、役立つ側に寄っている。今いる環境とか付き合っている人によって、稼ぐ側に寄っていた人が、役立つ側に寄るといった変化も起きる。
年齢という点から変化を見ると、若い時は良くも悪くも思想にかぶれやすいから、役に立つ側に寄る人が多いのだと思う。その後、思想を支える情熱が薄れるとともに、生活費を稼ぐ意識が強くなり、稼ぐ側に寄っていく。
でも、それはおそらく逆にした方が良くて、稼ぐ側から始め、役に立つ側に寄っていくのが正しい変化なのではないか。人生で必要なお金の総額が同じだとすれば、年をとるほど稼ぐ必要性が下がり、役に立ちたいと思う相手との出会いが増えるはずだからである。
稼ぐ側から役に立つ側への自然な体重移動ができると、若さが生むエネルギーを空吹かしせずに済むし、心豊かな老後が迎えられるのではないか。
私はいまだに全体重を稼ぐ側に乗っけている。年齢的にはそろそろ人の役に立つことを考えなければならないのだが。

時間主義と仕事について(3) 10月某日 晴れ

フリーランスの魅力は何か。
簡単にいえば、経済的自由、時間的自由、人付き合いの自由が得られるからである。「得られる」は、厳密にいえば「得られる可能性があるから」が正しい表現だろう。実態を見ても、期待したほど稼げず(経済的不自由)、稼ぐために馬車馬のように働き(時間的不自由)、苦手な人や嫌な人と付き合わなければならない(人づき合いの不自由)という3つの不自由に見舞われる人もいる。フリーランスは、なることより続けることが難しく、続かない人は、たいていこの三重苦で参ってしまい、やめてしまう。
私は、三重苦に見舞われるのを避ける方法を知っている。
その方法とは、時間的自由の価値を知ることだ。
フリーランスは動かなければ1円も得られないので、暇を恐れる。これはフリーランスあるあるで、不自由の三重苦にハマる一歩目だと思う。
暇を怖がると、何かしなければいけないという危機感が生まれ、安い仕事を引き受けることになる。精神的にはその方が楽だ。暇な時間をじっと過ごすより、手や体を動かしていた方が何かしている実感が得られる。これはフリーランスに限ったことではなく、仕事をしている人全般に言えると思う。手や体を動かすことにより、仕事をした気分に浸っている人が多いのではないか。
しかし、それが曲者である。一度でも安い仕事を受けると、次も安い仕事を受けざるを得なくなる。結果、時間に追われて働くようになり、かといってあまり稼げず、いろんな人から安く使われるようになってしまう。
言い方を変えると、暇を怖がらず、時間を安売りしなければ、三重苦になる可能性は抑えられるということだ。
時間は万人に平等だ。貧富を問わず全ての人の1日は24時間であり、社交性に関係なく全ての人の1秒は1秒である。その時間を貴重だと思える人は安売りしない。結果、安い仕事に追い回される未来を避けることができる。と、思う。
そういう話をすると、でも目先の稼ぎがなければフリーとして生きていけないでしょう、という人がいる。
それも正しい。つまり、目先の稼ぎのために時間を安売りしなければ生きていけないのなら、そういう人はフリーになっちゃいけないのである。

迷いについて 9月某日 晴れ

単純な答えが、だいたい正しい。 迷った時は、いつもそう考えるようにしている。 日々の生活で迷いがないのも、人と比べて判断が早いのも、おそらくそのおかげである。 迷わないわけではない。むしろ、しょっちゅう迷っている。だからこそ、自分はいつも迷う性格だとわかった上で、迷った時にどうするか決めている。 嫌だと感じるならやらない。腹が減ったら何か食う。 後ろ指さされることはしない。人を傷つけてはいけない。 単純な答えとは、だいたいそういうことで、だいたい正しい。 賢い人は、そういった判断に至る前に、何かひとひねりする。 うまい方法はないか、効率よくやる方法があるのではないか。そう考えることで、革新的な道を見つけることもあるだろう。 でも、私の場合、その可能性はとても小さい。諦めているわけではなく、謙虚に考えているわけでもなく、私の場合は、ひとひねり考えたところで、だいたい一周して単純な判断に戻ってくる。 だったら、ひとひねりする時間がもったいない。そう思うから、確率論で考える。期待値が大きい方を選ぶ。単純に考えてどうするか判断した上で、必要なところだけ考える。 腹が減ったのなら、何も食わずにやり過ごす方法を考えるより、何を食うか考える。食いたいものを腹一杯食って、そのカロリーをどう消費するか考える。 その方が幸せになれる可能性は高い。 なぜなら、腹一杯食ったら幸せになるという単純な答えは変えられないからである。 世の中には賢い人が多い。しかし、賢さにも色々な種類があり、策士が策に溺れるように、賢さに足を引っ張られている人も多い。 政治は、もしかしたら策に溺れる典型なのかもしれない。単純な答えがあるにもかかわらず、それを複雑化して見せることによって彼らは儲けている。メディアと金融もそのタイプに入るし、同類にしたら怒られるだろうけど、詐欺師や犯罪者も同じだと思う。 お坊さんはその逆で、単純な答えに則って生きている。人は誰でもいつか死ぬ。それは究極的な単純な答えだし、それを前提にお経とかお墓が存在している。 政治があっちで宗教がこっちなら、政教分離はよくできた仕組みである。それもまた、水と油は混ざらないという単純な答えに基づく正しい判断だったりするわけだが。

成長について 9月某日 晴れ

成長は面白い。 私は幸運にも日々子供らと遊んでいることが多いので、彼らが何かできるようになったり、何か新しいことを学んだりする瞬間を色々と見ている。 例えば、チビはある時から泣かずに幼稚園に行けるようになった。ボウズは少しずつ包丁を使った料理ができるようになった。 特に勉強とか運動はコツみたいなものがあって、チビはひらがなが書けるようになり、自転車も乗れるようになったし、ボウズは掛け算、割り算をマスターし、スケボーに乗れるようになった。 私は一応、教え役ではあるのだが、基本的には応援しているだけである。彼らが自分でコツを掴み、成長している。 すげえなあと思う。 そこからもう一歩先に踏み込むと、ところで俺はどうなのさ、という話になるので、自らの精神を健全に保つために、すげえなあと感心するところから先は踏みこまないようにしている。 親子の関係が面白いのは、私は親として応援しているだけなのだが、それでも多少は成長させられているという点である。 例えば、チビに自転車の乗り方を教える。そのためには、足はどうやって動かし、目線はどこに向けるか伝えなければならない。普段、自分が自転車に乗るときには全く意識していない動作を、幼稚園児がわかるように説明する。つまり無意識を意識化する。 ボウズに割り算を教えるときも同じで、割るとはどういうことか、筆算にするとどうなるかといったことを小学生の目線で説明する。こういう説明は割と論理的な思考が求められる。どうやったら伝わるだろうかと考えることで、教える側も多少なりとも成長する。成長の機会を与えられつつ、しかも楽しい時間を過ごしているのだから、こんな幸運なことはない。 遊んでいるつもりで、相手の成長を喜べる。気づいたら自分も成長している。人を育てること以外に、こんな魅力的な作業はないと思う。 上司と部下や、先輩と後輩の関係も同じである。上司や先輩の役割は、早くやれと指示することではない。手早くこなすための方法を部下や後輩がわかるように伝え、育てることである。そのために試行錯誤することによってのみ、上司や先輩は成長するのである。

こだわりについて 9月某日 晴れ

人の好みはさまざまである。 例えば、スーパーマーケットのレジに並んでいるときに、ふと前の人のカゴをみる。見たことないものや食べたことのない食材を買っているのを見て、うちとは食卓の様子がだいぶ違うなと思う。 好みの根底には価値観があり、その価値観はその人が見聞きした世界や、どんな風に育ったかによって変わる。好みに個人のヒストリーが反映するなら、好みへのこだわりはアイデンティティに通じる要素の1つといっても良いだろう。 私はもともとこだわらない方である。 選択の余地があるなら一番搾りを選ぶが、なければスーパードライでも構わない。 出てきたものを食べるし、置いてある服を着る。車のように値が張るものも、究極的には動けばいいし、今のうちの車はカミさんが選んだ。 もともとがそうだし、今はさらにどうでも良くなった。自分の好みを探ること自体が面倒な。好みは年齢とかによって変わるから、こだわりを作っても仕方ない。そういう考えが濃くなった。 それってどういう変化なのか。 自分のヒストリーに対する興味が薄れ、アイデンティティという考え方も薄れたのだと思う。あるいは、人として薄っぺらくなり、魅力が低下したとも言える。 世の中で面白いとされる人は、たいてい偏執的に何かにこだわっている。 オタクと呼ばれる人たちが貴重なのも、彼らの偏執的な性癖によるものだ。無論、世界の偉人を見てわかる通り、何かを成す人は何かに強烈にこだわっている。 一方で、こだわりを持たないこともそれなりに重要なのではないかとも思う。 自分のヒストリーに基づくアイデンティティがこだわりとして現れるのだとすれば、こだわりの世界を聖域と捉え、その内側にとどまろうとすることにより、外の世界を知ったり、その結果として成長する機会も逃してしまう可能性があると思うからである。 こだわることについて、私はブラックジャックのストップのようなものだと思っている。 ストップすればドボンはない。ただ、それ以上21に近づくこともない。 手札のカードはいくつだろう。 18とか19くらいなら勝負になるかもしれないが、8とか9でストップをかけて、自ら勝負を放棄している人も意外と多いのではないか

認知について 9月某日 晴れ

人は想定外のことが起きると凍る。 過日、電車の中で太った外人の中年女性に蹴飛ばされた。 私は何もしていない。ただぼーっと窓の外を眺め、立っていただけだ。 その女性は何かブツブツつぶやいていたから、きっと私とは違う世界の住人で、私には見えない何かと戦っていたのだと思う。 気の毒といえば気の毒だ。ただ、それにしても見ず知らずの人を蹴るとは驚く。よく今までトラブルにならなかったものだ。 何が起き、なぜ蹴られなければならなかったのかわからないまましばらく凍ったが、怖いので次の駅で降りた。目的の駅までまだ3つも手前だった。 そこまで極端な人とはなかなか遭遇しないが、世の中を敵視していたり、被害者意識や自己憐憫の意識が強い人は割といる。 考え方の差異という点では、それも個性の1つなのかもしれないが、生きづらいだろうなと思う。 誰に教わったか忘れたが、被害妄想をはじめとするネガティブな感情は認知の問題なのだという。 誰かがこう言った、といった出来事は、出来事そのものよりも、それをどう受け取るかが重要で、全く気にしない人がいれば、強烈な批判と受け取る人もいる。 その差を生むのが認知で、ある分野の人たちは、他人の言葉を攻撃とみなし、反撃しようとしたり過度に落ち込んだりする。 攻撃とみなすのは、そもそも周りが自分を攻撃してくるという前提があるからだろう。 非専門家として安易に考えるなら、そういう前提ができあがったのは、家庭環境や教育環境にあるのだと思う。親や教師から愛情を受けなければ周りはみんな敵に見える。 逆にいえば、十分な愛情が与えられていれば、周りは自分に優しいという前提ができる。 黄色いTシャツを着てワイワイやる人たちとは全く違うアプローチとして、愛が地球を救うことは理屈としてあり得ると思う。愛は大事だ。偉い人が愛を訴え、世の中にこれでもかというくらい愛の歌が溢れているのも、愛が大事だからなのだろう。 過日、私は見知らぬ人に蹴りを食らった。誰がどこから見ても攻撃そのものであるが、私は攻撃とはみなさない。なぜなら、私は十分な愛を与えられて育ったからであり、次はきっと見知らぬ金髪美人に声をかけられ、突然の愛の告白をされるだろうと思っているからである。

時間主義と仕事について(2) 8月某日 晴れ

フリーになる直前か、フリーになった直後のことだったと思う。
インターネットが急速に普及して、私の物書き商売のスタイルが大きく変化した。
当時、私は情報誌などの原稿をやっていて、そのプロセスがとにかく非効率だった。
情報収集のためにあちこち出向く。移動に時間がかかるし、取ってきた情報をもとに書いた原稿を、あらゆる関係者が確認して、印刷に回り、ようやく記事になる。原稿が記事として世に出るころには、自分が何を書いたか忘れていることもしょっちゅうだった。
情報の非対称性という言葉がある。ある人が知らない情報を、別の人が知っているアンバランスな状態のとき、そこにあるサヤをうまく使うことで情報を持っている人が利益を得られる、というようなことである。この概念自体は昔からあり、うろ覚えだが、ノーベル学者のアカロフが、中古車市場における情報の非対称性とプライシングについての理論をまとめていたような気がする。
そんな視点から物書き商売の今後を考えたら、情報が消費者に届くまでの過程に時間がかかる当時の状況は、情報の鮮度を落とし、非対称性が生むサヤが時間によって消されているのだと気付いた。それはつまり、鮮度を追いかけ、非対称性のサヤで食う物書き商売の限界でもあった。
紙媒体でいうと、鮮度がお金になるのは新聞、雑誌、本の順番だ。
従来は、アンテナを高い人が新聞や雑誌で鮮度の良い情報を集めていた。しかし、そこにネットが加わり、荒削りかもしれないが、鮮度が高い情報を最も早く提供できるようになった。そんな構図が見えて、私は鮮度が保ちやすいネット系と、鮮度がほとんど関係なく、知識や技術の非対称性がお金になる本の分野に軸足を置こうと決めた。
そんな折、携帯コンテンツの仕事の依頼を受ける。執筆に必要な情報を全部ネットで調べられる仕事だった。
これを機に、仕事のやり方が大きく変わった。移動などにかかる非効率な時間がなくなり、鮮度の良し悪しに悩むことからも解放され、良い意味で引きこもり的に仕事ができるようになった。また、引きこもることによって時間が確保でき、本の仕事にも十分に時間が使えるようになった。そして、その本が売れた。
以来、今に至るまで、ネットと本という鮮度の時間軸の両極で仕事をするスタイルが続いている。結果論ではあるが、こうしてのほほんと暮らしていられるのは、ネットが仕事を効率化してくれたからなのだ。(続きはまた今度書きます)

旧知の友人について 8月某日 晴れ

久々に外で飲んだ。
私は面倒くさがりなので、なるべく外に出たくない。電車も苦手だし、飲んだらそのまま横になりたいので、そんな風にぐぅたらで生きていたらすっかり外で飲む機会が減った。
唯一と言っても良い外飲みは、数少ない友人と飲む会である。最近はそいつと2人で年に1回飲むのが恒例になっている。たまに外に出て、人が作った飯とお酒を飲む。他愛もない話をして楽しく過ごす。それが、外界との数少ない接点にもなっている。
今年はその集い(といっても2人だけの集いだが)に飛び入りで昔の友人が加わった。
25年ぶりくらいの再会である。
25年前の姿しか覚えていないから、久しぶりに顔を見て、多少の面影は確認しつつ、老けたなあと思った。おそらく向こうもそう思ったと思う。
若かりし頃の思い出は脆い。オッサン化という不可避な現象によって青い春は灰色の秋に変わるのだ。
人間関係が面白いのは、昔のお互いを知っているというごく小さな共通点が四半世紀というブランクを一瞬で埋めてしまうことだと思う。
25年も会っていなければほとんど初対面である。何をする人で、どんなことを考えているのかわからないし、何と戦い、どこで踏ん張り、何に喜んだのか想像もつかない。
でも、いわゆるキャリアと呼ばれるそういう経緯を全てすっ飛ばして、相手が今、何をして、どんなことを考えているのか素直に聞くことができる。
彼はその時、家族や夫婦に関する悩みについて話した。初対面の人にそんな濃い話をされたら、普通はたじろぐ。なんだこいつと思うか、知らんがなと思う。しかし、初対面のようで初対面ではない古い友人の場合、そういう相談ごとを何度も聞いてきたような錯覚が生まれ、親身になることができ、共感できてしまう。
相談ごとが解決するかどうかは問題ではない。損得勘定や無用な虚栄心や遠慮などなく、相談できる人がいるということが大事なのだ。
おかしな関係だし、貴重な関係だと思う。
大人になってから友人や知人を増やすことにはあまり価値を感じない。しかし、大人になってから旧知の友人と話ができることには価値がある。若い時にできる限り多くの人と、できる限り濃い関係を築くことにより、時間が人間関係を熟成させる。
帰りの電車の中でそんなことを考えていたら、降りる駅を乗り過ごした。

受け入れる強さについて 8月某日 晴れ

目の前のことを、見たまま受け入れる。
それが案外難しいのは、それぞれの経験がフィルターを作り出し、目の前のことを歪んで見えるようにしてしまうからだろう。
例えば、高齢のドライバーが人をはねる。高齢者の免許を取り上げろという人がいれば、それはエイジズムだという人もいる。
あるいは、間もなく消費税が増税になる。愚策だという人の一方には、年金制度の維持のために必要だという人もいる。
一歩引いてみると、世の中における議論というものは、個々が自分のフィルターを通して得た主張をぶつけ合っているものが大半である。それぞれの正義のぶつけ合いといっても良いだろう。
戦争はその最たるものかもしれない。自分たちが正義であり、相手の主張に納得いかないところがあるから、自分たちの正義を振りかざし、戦いが生まれる。
議論することが重要であり、ケンカや戦争ですらプラス面があるという人もいるが、私はそこには懐疑的だ。全ての人が満場一致で共有できる主張はないと思っているからである。
主張したい人は議論すればいいと思う。自分の正義を汚されたくない人は戦えばいい。
その動向を気にしたり、一緒になって参加するのは時間と労力がかかるから、私は結果だけ教えてもらえば十分だ。結果をそのまま受け入れる。消費税が上がるなら、上がった時に対応を考えるし、ケンカが起きそうなところには近寄らないし、戦争が起きれば勝者に乗る。
この感覚はとても日本人ぽいと思っている。
日本は自然災害が多く、コツコツと育ててきた農作物が台風や洪水でダメになる。家が地震で壊れることもある。
その都度、悲しい、悔しいという気持ちは生まれるが、どこかで抗っても仕方ないというような達観した気持ちがある。桜が散るはかなさを詠むのも、武術の中に精神的な成熟を求めるのも、起業して儲けるより貯蓄や保険で備えようと考える人が多いのも、海外のようなデモ活動が起きにくいのも、平家物語に諸行無常の考えが出てくることまで含めて、根底にある精神性を探ってみれば、日本人は目の前のことを見たまま受け入れることに慣れてきたし、それがうまいと思うのだ。
満場一致の正義はない。強引に突っ張って主張することが強さなら、ありのままを受け入れる柔軟性も強さなのだ。

時間主義と仕事について(1) 7月某日 晴れ

勝算はあった。
どんな仕事をしようかなと考えていたとき、メールとインターネットがあれば、効率よく仕事ができるだろうと思ったのだ。今から20年くらい前の話である。
私は、メールの普及前と普及後を知っている。普及前は、ライターが原稿を書き、そのデータをフロッピーなどに入れて納品先に届けていた。当時の私は原稿を受け取る側で、手書きの原稿をファックスで受け取ったことも何回かあったが、基本的なやりとりはフロッピーだった。デザインやイラストなど、重いデータはMOである。(懐かしい)
いずれにしても、フロッピーを物理的に手元に届けなければならないので、デリバリーの手間がかかる。それから間もなくして、メールが普及し、その作業がなくなった。普及後の世界では、届けるために電車に乗って往復したり、バイク便を頼んだりする必要がない。私が注目したのは、そこだ。つまり、届けるための移動時間がなくなるという点だった。
その頃から、仕事には時間の切り売りの要素があることはわかっていた。
時間給で働くアルバイトほどではないが、残業代がつく会社員も切り売り感がある。物書き商売は多少の創造性が求められため、ぼーっと座っているだけではお金にならない。ただ、何かを創るためには時間が必要だし、時間がなければ取材に参加できない。その点では時間の確保が重要だと思ったし、突き詰めて言えば、暇である人ほど稼げる機会が増える。
フリーランサーは暇になったら終わり。
そんな風に思う人は多いし、それが怖くて避ける人もいる。
でも、私は逆だと思った。手が回らないほど忙しくなった時が終わりである。手が回らないということは、それ以上の仕事を引き受けられないということであるからだ。
暇な人は、どんな依頼にも対応できる許容力がある。そんな風に考えたことが、おそらく今の私の時間主義の原点になっているのだと思う。
メールとネットはきっと暇を作り出す。そこに勝算があると思ったので、フリーになった。
そこから20年くらい、なんとか平穏に続いているので、考え方そのものは悪くなかった。
とくに周年を気にするわけではないが、間もなく20年が経つ。1つの節目なので、フリーの物書きになった背景などをちょくちょく書くことにする。
日本には約300万人のフリーランサーがいるという。
その数の中に含まれる人と、フリーになりたい人と、フリーという働き方に興味を持つかもしれない人に役立つことがあるかもしれない、と思ったので。

斬新だった参議院選挙について 7月某日 晴れ

革命的と言ったら言い過ぎか。 斬新すぎてよくわからない。N国こと、NHKから国民を守る党のことである。 私はテレビを見ない。NHKから仕事をいただくこともない。さらにいうと投票にも行かない。 なので、NHKの受信料がスクランブル課金になろうがNHKが潰れようが、はっきり言ってどうでもいい。 ただ、既存の稼ぎ方がおかしいと言い出した人が当選するということは、そこに共感した人が多かったということなのだろう。 NHKがどういう経緯で設立され、誰に、どんな風に役立っているのかはわからないが「いらねえ」と思っている人が多いから、こういう結果になった。 既存のビジネスモデルが時代とミスマッチになったという現実はよくわかるし、どんなビジネスモデルも永続しないということもよくわかる。 私の浅い考察だが、テレビを持っているから受信料を払いなさいという主張は、そっち系の人がみかじめ料を要求するのとあまり変わらないと思う。 当事者は公共性があるから払えと主張するわけだが、それが理路整然としていないのは、税金とか電話のユニバーサル料と比べてみるとよくわかる。 税金は重い。でも、それが消防、警察、自衛隊といった公共性ある仕事をしている人たちの給料になっていると思うから、納得できる。死ぬまでの間に、消防、警察、自衛隊などに助けてもらうことはないかもしれないが、彼らがいるということが重要だし、それが安心感だ。そこに税金を納める対価がある。 ユニバーサル料も同じで、これは公衆電話の維持管理費に使うものらしい。そもそも月々数円程度だし、もしかしたら公衆電話を使わなければならない時があるかもしれないから、「どうぞどうぞ」という気持ちで払える。 それらと同列に並べたとき、公共性があるから払えという受信料の納得度はどうか。 かなり低いと言わざるをえない。ネット全盛期である。テレビから公共性ある情報を得る人は限定されるだろうし、そうなるとますます、みかじめ料のオイニーがきつくなる。 N国がどういう団体かはわからない。ただ、誰もが「そういうもの」と思ってきた中で、「ここ、臭うよね」と言い出した勇気は、政治というよりジャーナリズムの観点で革新的だと思う。

消費税について(続き) 7月某日 晴れ

消費税について、もう1つ書いてしまおう。 昔、ニューヨークに住んでいたことがある。 当時のニューヨークは、マンハッタンで買い物すると8.25%の税金がかかる仕組みで、ウブで物知らずの少年だった私は、なんだこの意味不明な仕組みは、と思った。 100ドルのものがある。しかし、買うときには108ドル25セント払う。 売値は100ドルでもレジで払うお金は税込になるから、100ドル握りしめてレジに並んでも100ドルのものは買えない。 記憶違いかもしれないが、そこには定率減税的な発想はなく、あらゆるものに税金がかかったと思う。そのうちに頭の中で8%くらい足すのに慣れて、100ドルものものは108.25ドルなのだと感覚として理解するようになった。 そんなこと当たり前じゃんと思う人もいるだろうが、そういう人は、おそらく日本で消費税が作られた後の世代なのだと思う。 定価は定価、taxってなんだ。私と同じくらいの世代は、そんな感覚をこじらせながら青春を過ごしたのだ(多分)。 さらに、米国はチップというさらにややこしい習慣がある。レストランなどで払うチップの相場はtaxの2倍だ。つまり、マンハッタンであれば16.5%であり、これも支払額に加算される。 100ドルのものを買う。その際の支払いは18.25%だ。 100ドルの飯を買う。その際の支払いはいくらだ。Taxが8.25%と、チップが16.5%乗っかるから、125ドルくらいか。 つまり、25%増しの金額になる。100ドル握りしめてデートに誘ったら、25ドル分の皿洗いをすることになる。やっぱり、なんだこの意味不明な仕組みは、と思った。 気になって調べてみたら、今のマンハッタンの税率は8.875%であるらしい。 思ったよりも当時から上がっていない。当時と比べると、日本は0%から8%になったし、もうすぐ10%になり、マンハッタンを追い抜く。 そう考えると高いなあと思う。 ただ、チップ制が導入されるよりはよかったと思う。

消費税について 7月某日 晴れ

本当にやるのだろうか。 ここまできたら、もうやるのだろう。消費税増税の話である。 増税前に何を買うか。カミさんがそんなことを考え、リストを作っている。 増税は実質的な値上げであり、値上げになる日もわかっているのだから、その前に買ったほうが得である。そういう発想が全国規模で生まれるから駆け込み需要が生まれる。 当然、駆け込みの後は冷え込みがある。増税後の反動減がきて、景気がどうなるかはわからないが、消費はほぼ確実に落ち込む。 その影響が出るのはいつだろうか。おそらく五輪後である。 その辺りが今の好景気の山場で、そこからしつこく不景気が続くようなイメージを持っている。 私は増税でも延期でもどっちでも構わない。 なるようにしかならないと思っているし、投票にもいかないから完全に他人任せだ。 環境が変わったら、そこに適応する方法を考える。ダーウィンの進化論的な発想で、適応する方法さえ見つければどうにかなるだろうと楽観している。 ニヒリズムを気取るわけではないが、世の中はそういうものだと思う。 むしろ気になるのは、増税は悪だとか、増税やむなしだとか、声高に主張する人である。 どちらの立場に立つにせよ、主張するのには理由がある。 その理由は、増税反対側は、家計負担が増えるから延期すべきとかであり、賛成側は年金の財源が危ないからとかであるが、私は性格がひねくれているから、あんたが得する方を支持しているだけだろうと思ってしまう。 簡単に言えば、増税に反対する人は高齢者層を取り込みたいか、当人が高齢者である。 増税に賛成する人は若い層を取り込みたいか、当人が若い層だ。 もっともらしく聞こえる主張であっても、根底にあるのは利己主義であるから、私は個人的か感想として、そういう人たちは放っておいたほうがいいと思う。どちらを支持しようと、利己的な人を応援することになるのだ。 あらゆる人が得しようと考える。そこで衝突が起きて、結局、勝った方の主張が現実になる。 経済が面白いのは、そこだと思う。増税うんぬんではなく、そのメカニズムを見ることが重要だ。要するに、アダムスミス万歳という話である。あるいは、踊る阿呆と見る阿呆の話かもしれない。

睡眠時間と仕事について 6月某日 晴れ

あっという間に今年も半分が終わった。
何も成し遂げられないうちに老いていく恐怖感と、時代の流れに取り残されそうな危機感と、どうにかしなければという焦燥感が膨らむ。
年をとると睡眠時間が短くなるのは体力的な問題だともいわれるが、もしかしたら残り少ない人生をできるだけ有効に使わなければならないという危機感によるものではないか。
ああ、40歳か、50代が近づいてくる、寿命まで残り何年だろう。そんなことを考えるようになったら、私はおそらく恐怖で眠れなくなる。
年をとると相対的に1年の長さが短くなるので、時間の流れは早く感じるようになるが、その一方で、世の中の動きや変化も以前よりスピードが早くなっているはずである。世界中の人が効率化を考えているし、通信速度も電車のスピードも早くなっているからである。
でも、そう考えるとちょっと変じゃないか。
時間という点から見ると、効率化は余剰時間を生む。可処分時間が増えるはずだ。鈍行から新幹線に変わって数時間分の可処分時間が増えたし、リニアができたらさらに時間が確保できる。
つまり効率化は世の中の人を時間的にリッチにする。
しかし、世の中は相変わらず忙しい。やることは山積みだし毎日時間に追われている。生産性は上がったが、それと同じくらい生産しなければならない量も増えたため、時間的なリッチは実は幻想で、実態は変わらない。手持ちのお金が増えたけど、インフレになって生活レベルが変わらなかったという話と同じである。
この状況を変えるには、やることを減らすか、さらに効率化するか、どこかから時間を持ってくるしかない。効率化につながる時短術は引き続き集めるとして、どこかから時間を持ってくるとなると、どうにかできそうなのが睡眠時間だ。
何かを成す人にショートスリーパーが多い理由はおそらくそこにある。ナポレオンがその代表例だ。ただ、アインシュタインは1日10時間以上眠っていたらしい。そう考えると、何かを成す能力と睡眠時間はあまり関係がないような気もするし、そもそも時間の問題ではない気もするし、なんだか話がこんがらがってきたので、続きは寝ながら考えることにする。

ネット社会の恩恵について 6月某日 晴れ

ウェブ経由で仕事をいただくことが増えた。
ウェブ経由とは、このサイトのメール経由ということで、直近の仕事を振り返ってみたら9割以上がウェブ経由で引き受けた仕事だった。
物書き商売は、一般的には古巣のツテや紹介で仕事を受けることが多い。出版社などに企画を持ち込んで営業する人もいる。
そう考えると、私はおそらく珍しいタイプである。これといったツテのない状態で独立し、かといって営業することもなく、特に不自由なくいまに至っているからである。
それでもこうしてのほほんと生きていられるのはなぜか。営業しない(できない)私の代わりにグーグル検索さまが営業してくれるからだ。ネット社会バンザイ。
検索サイトは、何かを調べる側として便利なツールであるが、検索される側としても非常にメリットが大きい。依頼いただく人に聞くと、投資とライターで検索した結果、私に連絡してくれた人が多いようだ。
ネット社会が素晴らしいのは、素性のわからない相手とも簡単にコンタクトできることだ。
私の場合も、9割がネット経由であるわけだから、仕事の相談を受ける相手は見ず知らずの人ばかりである。
相手の素性はわからない。ただ、とりあえずはお客様であるから、ありがとうございます、やりますよと返信する。結果、1つつながりができる。
その積み重ねで、間もなく物書き歴が20年になる。
現状においても、定期的に仕事を引き受けている人の中には、会ったことがない人もいるし、会話したことがない人もいる。
会ってみないと信用できない、会った人しか信頼しない、と考える人もいる。
その考えもわからなくはないが、私は実体験を踏まえ、会ったことがない人とでも信頼関係は作れるし、信用も作れると思っている。
私は世代的にはデジタルネイティブではないが、仕事では独立当初からサイト頼りなのでデジタルネイティブ寄りである。
デジタルネイティブとは何か。特徴はいくつもあるだろうが、その1つは、誰かを信頼したり信用したりする際に、会って話すというプロセスを省けることであり、省いて何か問題があるんだっけ、と考えることなのだと思う。

流れが早いことについて 6月某日 晴れ

世の中の流れは早い。
子供の成長を見ているとつくづくそう思うし、私は日課として原稿を書いたり趣味で株をやっていたりするため、この2つはスピード勝負の要素が強い業界であるから、なおさら早えなあと感じる。
仕事関係でいうと、物書き商売そのものは極めてアナログであるが、ツールはことごとくデジタルであり、デジタル化のスピードがとてつもなく早い。例えば、スケジュールの都合が合わずに取材に同席できなくても音声データを送ってもらえるから受注できる。音声認識のAPIを使えば音声データの文字起こし(会話をテキスト化すること)もできる。今のところ音声認識の質は商用レベルに届いていないので自分で聞き直してテキスト化するのだが、音声認識の確度が飛躍的に向上するのは目に見えている。
そのうちテキスト化だけでなくテキストの中身を考えるところも機械任せにできる日が来る。いつかはわからないが、それほど遠くはないだろうと思う。
機械が原稿を書けるようになると、原稿のセンスという曖昧な価値を武器にする私のような商売は無用になる。
それで私は困るだろうか。実はあまり困らない。私は時間主義者であるから、食い扶持を失う危機感よりも、機械に仕事を任せることにより、自分の時間を効率よく使えるようになることへの期待の方が圧倒的に大きい。
機械が原稿を書くようになったら、その機械を買い、あらゆる仕事を任せて、悠々自適に暮らそうと思う。未来の印税生活は、おそらくそういう生活のことをいう。
いい本に出合い、誰が書いた本だっけと振り返った時に、実は著者が実在せず、ビッグデータをもとに機械が書き上げた本だと知る。そんな未来も決して遠くはないだろう。映像も同様に、演者という領域は人間が守るかもしれないが、脚本や演出はAIに任せる時代が来るだろうし、単純に考えて、クリエーターが発想力を武器にして何かを作るより、見る人を笑わせたり感動させたりする要素を膨大なデータをもとに分析できる機械の方がいい作品を作れる可能性は高いと思う。それこそが歴史に学ぶということの真意であるようにも思う。
そういう未来を味気ないという人もいるが、それも時代の流れである。
感性やセンスがお金になる時代はもはや終わりなのだ。

時間の価値について 6月某日 晴れ

人間の寿命は延びている。
それはもはや誰も疑いようのない事実であり、日本人はとくに長生きで、男でも80歳以上、女性は90歳近くまで平均寿命が伸びている。
必ずしも長生きが良いこととは言えないが、私も平均寿命くらいまでは生きたいと思っているし、きっと生きるだろうと思っている。
それくらいまで生きれば、ボウズやチビも十分に大人になっているし、うまくいけば孫の顔も見られるかもしれないし、そんな余生をちょっとだけ楽しませてもらい、ほんの気持ちで良いので惜しまれつつさようならするのが理想である。
それはさておき、寿命が延びているという話は年数の差だけを見て語れる話ではないと思う。
例えば、平均寿命が70歳から80歳になったとする。普通の感覚で捉えると一生が10年長くなったのだと思う。
でも、それは違う。人生70年だった時と80年になった時を比べると、日常のあらゆる面が効率化されているからだ。
例えば、昔は調べ物をするために図書館へ行き、数時間かけて本を漁ったが、今はネットがあるから数分で終わる。東京から大阪まで鈍行に乗っていた時代は移動に数時間かかったが、今はかつての半分くらいの時間で移動できる。
そこで生まれる数時間の差に私は着目する。仮に人生70年だった時代で使っていた時間を、人生80年になった時に半分にできていたとしたら、実質的な寿命の延びは10年ではなく20年である。世間話として「寿命が延びたよね」といった雑談を交わす程度なら良いが、ライフプランやマネープランを考えるのであれば、平均寿命の数字だけでなく、時間効率や可処分時間も踏まえなければならないと思うのだ。
言い方を変えると、今の1年は昔の3年分くらいの価値があるかもしれず、昔の1日はいまの半日くらいの価値に下がっているかもしれないということである。
そう考えると、1日たりとも無駄にはできない。そう思ってから、私は時間主義に傾倒した。日々の過ごし方を色々と見直し、無駄な時間を徹底的に排除しようと心に決めた。話が長くなるので、続きはまた別の機会にしよう。何が言いたいかというと、私は私なりの理由で、生き急がなければいけない理由と根拠があるということだ。

物欲について 5月某日 晴れ

欲しがりません、勝つまでは。
そんなスローガンを国全体で掲げていた時代があったらしい。
私はその時代を生きていたわけではないから、実際のことはよく知らないが、モノがなかった時代で、みんなが何かを欲していたのだろうなと想像はつく。
欲しいものは何か。たまにそんなことを聞かれる。例えば、誕生日とかクリスマスとかである。
正直にいって、何もない。去年も一昨年もなかったし、多分、10年くらい前から欲しいものがなくなった。
理由は単純だ。モノがなかった時代の反対で、モノがすでにいっぱいあるからである。
欲しいと思うモノはだいたい揃っている。そう考えると幸せな人生である。
その結果として欲しいモノがなくなった。それはそれで、なんとなく寂しい人生である気もしなくはない。
これが欲しい、あれを買おうという欲求が仕事などを頑張るモチベーションになることもあると思うからである。
精神的には、欲しいモノがないのはとても楽だ。欲求不満を感じないから、いつも適度に満たされている。
もしも物欲を断ち切りたいという人がいるとしたら、そういう人に1つアドバイスできることがある。
それは、欲しいものがあるなら買ってしまえ、ということだ。
例えば、高い時計が欲しいとする。スーツでもいいし、車でもいい。
それがいくらするのかは知らないが、買えば良いと思う。借金して買うのはいけないが、貯金で買えるなら買っちゃう。貯金がなくなっても死ぬことはないだろう(多分)。物欲が満たされて心が落ち着くし、また貯金しようと思って頑張るかもしれない。
実際に買っちゃうのが手っ取り早いが「貯金を崩せば買えるじゃん」と気づくだけでも効果はあるはずだ。人の心理は不思議なもので、手に入らないものは欲しくなるが、手に入るとわかった途端に欲しくなくなる。つまり物欲が消えるのだ。
私はこの方法で物欲から解放され、預金が300円になった。

体重について 5月某日 晴れ

ふとしたことから禁煙することになった。
どうせ長くは続かないから、そのことはどうでもいいのだが、禁煙してから2ヶ月ほどで体重が5キロ増えた。
20代からずっと私の体重は65キロである。たまに2キロくらい増減するが、放っておけばすぐに戻る。バンドといえばGLAY、女優といえば山口智子と決まったころから私の体重は65キロが定位置だった。
それくらい長い65キロの歴史があるのに、ちょっとタバコをやめただけで70キロになった。すぐに戻るだろうと思ったけれど、全く戻る気配がない。
このペースでいくと、私は1年後に100キロになる。
それはそれで面白そうだが、面白がってくれる人が周りにいない。冷静に考えてみると、ニートのおじさんが、ニートでデブで白髪でエロくて神経質なおじさんになるのは、面白いどころか世の害悪でしかないので、そろそろ痩せるために何かしなければと考え中である。
実は私はダイエットをしたことがない。節約もしたことがない。節約とダイエットは、おそらく世の中の大半の人がやったことがあるスタンダードすぎるチャレンジだが、私はそれすらやったことがないままダラダラと生きてきた。
そういう事情だから、何をすれば痩せるのかわからない。食わなきゃいいだろうと思うのだが、タバコをやめてからとくに食う量が増えたわけではない。運動すればいいかとも思うが、タバコを吸っていた時を振り返ると、特に運動していなかったが太らなかった。
これは不思議である。食う量が関係なく運動量も関係ないとしたらタバコは痩せ薬だったという結論に至る。そんなはずはない。でも、違うとも言い切れない気もする。
たまたま区から健康診断の案内がきた。いい機会だから、医者にタバコをやめると太るという噂のような事実について聞いてみようか。
ただ、今の状態でいくと1年で5キロ太ったことを指摘されたり、メタボで禿げで性格が悪いとか言われそうなので、少し痩せてからいくことにする。
とりあえず67キロにする。2ヶ月で5キロ増えたのだから、2ヶ月で3キロ減らすくらいはできると思うのだが、ダイエットを甘く見過ぎだろうか。

お疲れさまについて 5月某日 晴れ

お疲れー、という挨拶をよく耳にする。
普通の挨拶だと思う人もいるのだろうけど、私は違和感があり、どことなく気持ち悪いので、一度も使ったことがない。
お疲れさまでしたということもめったにない。おはようございますやありがとうございましたでこと足りるからである。
しかも、お疲れさまでしたとお疲れーは違う。
お疲れさまでしたは、頑張っている相手に向けた労いである。頑張ってくれてありがとうという感謝の気持ちが入っていることもある。
一方のお疲れーは、例えば、飲み会を終えた学生や喫茶店でお茶した主婦たちが別れ際にいうやつであり、そう言い合って解散している様子などを目にすると、飲んで遊んで疲れるはずがあるものかと思ってしまうし、そう思ってしまう私はおそらく了見が狭いんだろうとも思う。
疲れの感じ方は人それぞれだから、お酒やお茶を飲んで疲れる人もいるのだろう。それなら言葉のチョイスとしてお疲れーで間違いはではないのだけれど、やはり変な挨拶だと思ってしまう。
これは多分、違和感を持つかどうかの話であり、感覚的なものであるから、お疲れーに何の違和感を持たない人も多いのだと思う。多いからこそ、あっちこっちでお疲れーという声が飛び交う。
そもそも、お疲れさまとは何なのか。さまがつくほどお疲れは偉いのか。そういうところを掘っていくと、いよいよ意味がわからなくなる。
試しに英語でなんて表現するのか調べてみたら、該当する言葉はなく、Good-byeまたはSee youという訳が出てきた。それは、さようならである。
Thank you very much for your troubleなんて訳文も出てきたが、それはお手数をおかけしました的なやつであり、もはや挨拶ですらない。
英語にないということは、お疲れさまやお疲れーは日本独特のコミュニケーションを表す挨拶なのだろう。言葉には、その国の文化や風習を反映しているところがあり、それは素晴らしいことだとは思うのだけど、でもやっぱり、お疲れーより、じゃあねーやまたねーの方が、言う方も言われる方も気持ちいい挨拶だと思うのだが共感してくれる人はいないものだろうか。

役得について2 5月某日 晴れ

この仕事の良いところは素晴らしい人に会えることである。
ちょうど1年くらい前、株界隈では知らない人がいないであろうテスタさんやJACKさんとお会いする機会があった。投資関連の仕事をしていて良かったと感じた瞬間であった。
そして今回、むらやんさんこと村上直樹さんと会う機会に恵まれた。再び、投資関連の仕事をしていて良かったと感じた瞬間がきた。
村上さんは私が株投資を始めた10数年前から第一線で活躍しているトレーダーで、当時、氏のブログを読んで何度となく笑った。投資家ブログというジャンルは以前からあるが、投資ブログが楽しいものであると広めたのは村上さんだといっても良いと思う。ちなみにいまはツイッターで文才を発揮している。何度かツイッター上やダイレクトメールでやり取りさせてもらったことがあるが、いつも丁寧に返事してくれる律儀で礼儀正しい人である。
投資界隈は魑魅魍魎が住む世界であるが、私が会ったことがある投資家は、すべからく紳士淑女である。優しいし賢いし周りへの気遣いも優れている。
理由はおそらく経済的な余裕があることと好きなことを生業にしていることなのだろうと思う。卵が先か鶏が先かという話になるが、そういう人が投資家として成功するのだろうと思うし、成功しているから素晴らしい人になれるのだとも思う。
語弊がある言い方かもしれないが、投資は本来、それくらいの余裕がある人か、少なくとも、余裕ある人になれる素養を持つ人が嗜むものなのだとも思う。
投資である以上はお金が減ることもある。そうなった時に、損失をネタにして笑いに変えるのは高度なテクだとしても、負けちゃったね、減っちゃったよと笑えるくらいの余裕は必要で、ギャーギャーわめくような人はおそらく投資には向いていない。投資のすそ野が広がるのは良いことだと思うのだが、投資関連のニュースが殺伐としていたり、投資そのものに悪い印象を持つ人が多いのは、投資向きではない人まで対象を広げすぎたせいではないか。
大事なのは心の余裕である。余裕が成功をうみ、成功が余裕を生む。
そう自分に言い聞かせ、とりあえず目の前の含み損にはどうにか耐えている。

器用さについて 4月某日 晴れ

久しぶりに外で飲んだ。
ここ数年、外で飲むのは年に1回か、多くて2回である。
毎日のように飲み歩いていた過去を振り返ると、大きな変化である。
生活パターンは変わるものだ。毎日飲み歩いていた日々が、家で毎日飲むようになっただけで、飲んでいること自体はあまり変わっていないとも言えるけど。
会話があちこち飛び、終電がなくなり、さて朝まで飲むかと腹を据えかけたころ、友人の一人が、伊達(俺)は器用、というようなことを言った。それは褒め言葉というよりは、器用さに甘えて小さくまとまっているのではないか、という忠告のようなものであった。
思い当たる節はある。小さくまとまっているかどうかはわからず、個人的にはこれくらいの人生の規模感が居心地が良いのだが、現状に満足感はあるし、野心やハングリーさはいつしかなくなっているし、それで良いと思う反面、良いんだっけと思うところも少なからずある。
付き合いそのものが古く、そいつがもともと優秀だということもあるが、最近は年に1回も会っていないのに鋭いところを突く。
ところで、私は周りからは器用に見えているのかもしれないが、それには理由がある。
それは、半分は無意識だが、半分は意図的に、器用にこなせることしかやらないからである。つまり、うまくできることや、できそうなことだけやっているから、器用にこなしているように見える。
例えば、私はほとんど運動しない。ゲームもほとんどやらない。もともと好きではないということもあるが、やっても多分そこまでうまくないとわかっているから、やらない。物書き商売も同じで、たまたま物書きになり、やってみたらそこそこうまくできたと見られがちだ。しかし実際は、他の商売や職業よりうまくいく可能性が高いだろうとわかっていただけである。種明かしは単純で、期待値が高いところを選んでいる。
そういう実情を話しても良いのだが、器用だねと言われている方が気分が良いので、もうしばらく黙っておくことにしよう。
年1回のペースで会うとしても、あと数年は隠せると思う。

性格について 4月某日 晴れ

私は自信過剰な人間である。
今さら何を言ってるんだエゴイスト、と言われそうだが、自覚しているだけマシだと思ってほしい。自分で言うのもおかしいが、なんとなく上から目線なのも、なんとなく嫌味っぽいのも、すべての原因は自信過剰な性格によるものと思う。友達が少ないのも、稼ぎが少ないのも、人望が薄いのも、あらゆることが自信過剰に起因するものであり、そろそろ涙が出てきそうだから自己分析はこの辺でやめておく。
なぜこういう性格になったのだろうか。環境要因である。
私は小さい時から割とよくできた子であった。(すでに嫌味っぽい)。
大人になってからも特に苦労はせず、気づいたらフリーランスという半分無職で半分ニートの生活になったが、それでも日々の生活がどうにか成り立つくらいには仕事がくる。(ほら、上から目線)。
そういう環境で育ったから、人間性はあまり育っていないが、根拠のない自信は成長し、肥大化した。
自信はあるけど根拠がないから、過去にどんな仕事をしたのですか、という質問が一番困る。なんでそんなに自信家なのと聞かれているように感じるし、実際にそう聞かれているとしたら、返す言葉がない。
仕方がないので、たいてい「たいしたことしていません」と答えるのだが、中には心根の優しい人がいて、謙遜してるのかなと思ってくれる。そうではない。自信過剰な人間が謙遜できるはずがないのである。
環境要因としてもう1つ自信を肥大化させているのは、1人で仕事をしているため、誰にも注意されることがないという点だ。先輩や上司などがいると、注意されたり、教わったり、この人すげえと感じることが目の前で起きたりして、そこで自信が良い感じに調整される。私はそれがないので自信が自家培養される。若いときはミスしたりして、そこで自信を失うこともあるが、年をとるとミスしなくなる。(どうだ、この自信)。
こういう性格ではまずいと思う気持ちはある。謙虚さがないと学べないし、学ばない人は成長しない。習い事でもしてみようか。武道なんかどうだろう。多分、先生と喧嘩してやめちゃうだろう。本でも読むか。

やりがいについて 4月某日 晴れ

やりがいという言葉がある。
仕事柄、私は取材相手にやりがいを聞いたりすることがある。ある人はお客様の笑顔を見ることだと答え、ある人は世の中に貢献することと答える。
いずれも素晴らしいことである。やりがいという言葉にふさわしい。
ただ、そういう質問を投げておきながら、私自身はやりがいというものを意識したことがほとんどない。仕事に関していえば、自分自身が「これがやりがい」と断言できるようなものを感じていないか、感じていたとしても言語化できていないから、やりがいという言葉の意味もいまいちよくわかっていない。
やりがいとはなんなのか。
その答えを探していたら、サンタクロースがヒントになった。
サンタの仕事は何か。プレゼントを揃えて、配って回ることだ。簡単にいえば、仕入れと納品である。そう考えるとサンタの仕事はあまり面白くない。いくら仕入れを効率化しても、50年連続で納期(クリスマスの朝、子供が目を覚ますまで)を守ったとしても、おそらくやりがいは感じないだろうと思う。
でも、サンタはサンタの仕事にやりがいを感じている。
なぜそう感じるかというと、自分がやっている仕入れと納品という仕事が子供たちを幸せにしているという絶対的な自信があるからだ。
これは単に私が思っていることだから、やりがいの源泉はもしかしたら違うところにあるのかもしれない。本当のことはサンタしか知らない。
ただ、今の仕事にやりがいが感じられないのであれば、その仕事が誰を幸せにするか想像してみると、少し感覚が変わるかもしれない。
4月は新入社員の季節である。入社前に想像していた仕事と入社後に実際に担当する仕事にギャップがあって悩んだり、こんなはずじゃなかった、やりがいのある仕事ができると思ったと悩む若い人もいる。
そう感じた時、サンタ目線で仕事と向き合ってみると、やりがいがないと感じていた仕事が、案外やりがいのある仕事のように思えたり、その結果として仕事が楽しくなったりすることもある。
ちなみに私はちゃんと就職したことがないので、新入社員の悩みは単なる想像でしかないのだけれど。

感情について 3月某日 晴れ

感情とどう向き合うか。
これは毎日を楽しく過ごす上で重要なことである。QOL向上のカギとして、あるいは幸せに生きるための学問的な課題としても、感情との向き合い方は全ての人類にとって重要なことの1つだと思う。
私がこの課題にどう対処してきたかというと「無」で対処してきた。つまり、できる限り感情を排除することによって不快や不満を遠ざけてきた。
ただ、これには弊害もあって、悲しい、辛い、悔しい、羨ましい、腹が立つといったネガティブな気持ちにはなりにくいが(その割にはしょっちゅうイライラしているのだけど)、その反面、嬉しい、楽しい、裸になって雄叫びをあげたいといったポジティブな気持ちになることも減る。
いわゆる、リスクとリターンの大きさは同じです、みたいな理屈と同じで、喜怒哀楽の振れ幅が小さくなる。
そういう暮らしを続けてきたら、昔はもっとチャラかったはずであるが、いまはすっかりスカしたシラケ野郎になった。
誰かに相談されることが少ないのは、悩みや辛さといった負の感情を共感する力が弱いからだろう。友達が少ないのは、楽しい時に一緒にウェイウェイやらないからだと思う。
仕事に関しても同じ姿勢で向き合ってきた。
転職斡旋屋がいいそうな「好きなことを仕事にするのは幸せなことである」的なフレーズは、耳触りがよく、多くの人がなんとなく「そうだろうなあ」と思っている。でも、私はそうは思っていなくて、大変だろうなあと思っている。
仕事は毎日のことであるから、感情を入れ込むほど、ちょっとしたことで歓喜し、ちょっとしたことで落胆することになる。私はその落差に耐えられる自信がない。だから基本的に無感情で向き合う。依頼された仕事の内容や担当者が好きだから引き受けることもないし、嫌いだから断ることもない。
一番好きな相手は恋人にして、二番目に好きな人と結婚するのが幸せ、という浅いライフハック的な論があるが、私の仕事との向き合い方は、それとちょっと近い。あるいは、結婚相手は顔や性格より経済力で選ぶ的な発想に近いのかもしれない。それが悪いことだとは思わないが、ちょっと寂しいとは思う。

8年経ったことについて 3月11日 晴れ


時間が経つのはあっという間だ。
震災の年に生まれたボウズは、間もなく1年生を終え、2年生になる。
子育ては連続性があって、私の場合は日々、何かしらの世話をしているから、いつ、どのタイミングで、どんなことができるようになったのか逐一覚えているわけではない。
喋るようになった。1人でトイレに行けるようになった。幼稚園で泣かなくなった。自転車に乗れるようになった。逆上がりできるようになった。掛け算が解けるようになった。
ちょっと振り返るだけでもいろんなことができるようになっているのだが、その瞬間瞬間の感動はだんだんと薄れ、次の「できた」「すごい」の感動により、上書きはされないが、希薄化される。
もちろん、それは良いことだと思う。次々と新しいことができるようになることが成長そのものだからである。
最近はすっかり生意気になりカミさんの手を焼かせることもしょっちゅうであるが、それも成長だと思えば微笑ましい。
ただ、本当に微笑んで見守っているとカミさんの怒りがこっちに向く可能性があるから、あくまで「いかんぞ」「いうこと聞いた方がいいぞ」というスタンスは維持するわけだけど。
震災の記憶も似たような感じでだんだんと薄れていくのだろう。
風化させてはいけないと主張する人は多い。
ただ、街は人の手によって育っていく。家を建て直し、電車を動かし、暮らしを取り戻し、街を復興させていく。その積み重ねによって辛い記憶が薄れていくのは、いわゆる風化とは違って、必ずしも悪いことではないように思う。
時間とともに景色は変わる。
その景色を見る人も、実は時間とともに変化している。
私の身の回りの景色は、子供らの成長によって年々変わっている。8年前とは全く違った景色が目の前に広がっている。色々なものが変わるが、そういう景色を見られることを感謝する気持ちは不変だ。
3月11日は、自分がこうして生きていることに感謝する日である。

恥について 3月某日 晴れ


恥の多い生涯を送って来ました。
言わずと知れた、太宰治の一文である。
あまり深く考えたことがなかったが、私の人生も恥だらけだ。
恥かしい過去は、おそらく青春の頃に集中している人が多いと思う。
いわゆる黒歴史とか厨二病などといわれるものである。
たまにあの頃のことを思い出す。恥ずかしさのあまり鼓動が早くなる。いっそ記憶喪失にならねえかなと思う。
私の場合、その時期を抜けた後も恥ばかりである。会社員をやり、独立し、家族を持った。社会的な立場は色々と変わったが、どの時期を振り返っても恥しか見当たらない。恥の金太郎飴だ。太宰さんは恥が多かったらしいが、私は今のところ恥のみの生涯である。
何か誇れることもしたような気がするが、考えても思い出せないから、おそらく気のせいなのだろう。
全く、よくも堂々と生きてこられたもんである。
前向きに生きよう。ポジティブにいこう。そんな風にいう人がいる。
私はもともと前向きに生きているから、あえて前向きに、などと考えたことはない。前を向いて生きることが自然だった。前しか向いたことがない。
その理由が今になってよくわかった。
後ろを向くと恥と後悔しかなくて人生が嫌になってしまうから、それを避けるために前を向いていたのである。
そう考えると、たまには後ろを振り返った方が良い気もする。恥と後悔を反省することによって学べることもあるはずだからである。
たまに偉そうに説教する人を見かけるが、あの手の人はどういう神経なのか。
恥や後悔がない人生を送ってきたとは思えないから、恥や後悔を感じないくらい図太い神経を持っているのだろう。
私もたまに偉そうなことを言っている。
それをみた人には、なんて厚顔無恥なヤロウなんだと思われているのだろう。
そう考えると、また恥ずかしさで息が苦しくなる。いよいよ人間失格の気がしている。

老いについて 3月某日 晴れ

就活のない人生だった。
履歴書や面接とは縁がなく、リクルートスーツを買ったこともなく、エントリーシートの意味はいまだに知らない。
そういう裏道みたいな生き方だったから、この時期よく耳にする入社式や新入社員といった言葉にときめく。新しいスーツを着てかしこまっている彼らの様子がとても初々しく、とても可愛い。
ジジババには何の期待もないが、若い人には期待しかない。
若い人たちには世界中のあらゆる幸せが訪れてほしいと思う。
そう思うのは、新入社員に対してだけではない。仕事で一緒になる20代くらいの人たちもとても可愛い。幸い、そういう女子が周りに結構いるので、勝手に妹分だと思って応援している。もちろん、可愛いと思うのは女子限定で、男どもについては、たまに「頑張れよ」くらいに思う程度である。
ところで、仕事で一緒になる人たちが、自分より若い人たちばかりになった。
年上の人といえば、取材対象になるようなエライ社長とかである。取材対象ですら、最近は年下の人が増えている気がする。
老害、老害、と唾を吐いている自分が、もしかしたら老害そのものなのかもしれない。そんな可能性を考えると、もはや恐怖しか感じない。
気持ち的には20歳である。身長、体重、体型はほぼ20年前のままだし、考えることも発想も全く成長していない(それはそれで問題だが)。
しかし、明らかに老いている。いったい何が変わり、何のせいでおっさん化するのだろう。シワか。白髪か。声か。あるいは、それらのフルコンボか。
フリーランスにとって老化はマイナス要因になることが多い。実年齢はともかく、老けて見える人だと「こんな安い仕事を頼むのは失礼だろう」と遠慮され、仕事が減る。見た目と実力が伴っていないと「おっさんのくせにこんなこともできないのか」と思われ、さらに仕事が減る。
会社員は、それがない(と思う)。おっさんには、おっさんにふさわしい立場や役職があてがわれ、社会が一応の居場所を作ってくれる。新橋という町がそのアイコン的な存在かもしれない。
そういう生き方を放棄してしまった以上、フリーのおっさんは自分の立場や居場所を自力で構築しなければならない。
運動とかして若返りに取り組むか。あるいは、おっさんにふさわしい知力を鍛えるか。うぅん、どっちもめんどい。どこかに裏道はないか。

押し売りと集狂について 2月某日 晴れ

マンションが苦手である。
学生の時に数年だけマンションで暮らしたことがあったが、あとはずっと一軒家である。それがマンションを苦手と感じる理由なのだと思う。
あるいは、集合生活的なところが合わないのかもしれない。
高所恐怖症であるから、高層マンションという響きに恐怖を感じる部分もある。だとすれば、それはわがままとビビりに起因する苦手であり、性格の話であるから変えようがない。
ちなみに、学生の時のマンションで夜な夜な友人と騒いでいたら、下の階の人がうるさいと怒鳴り込んできたことがある。
ナンシー関のような女性であった。その出来事によってますますマンションが苦手になったし、以来、ナンシー関が嫌いになった。
そういうわけだから今も一軒家なのだが、最近になってマンションの良いところが1つわかった。
それは、押し売り営業や宗教の勧誘が来ないという点だ。
私は基本的には家で仕事をしている。
一応、仕事中は集中しているわけなので、ピンポンとやられるとイラッとくる。用のない相手だった場合、飛び蹴りを食らわせてやろうかと思う。
うちは知っている人以外は100%居留守である。
だから、無駄な対応したりして時間を奪われるような実害はないのであるが、それでもやっぱり気分は悪いし気持ちも悪い。
マンション住みの知人によれば、オートロックのマンションはそういうことがないのだという。
それなら多少高かったとしても管理費を払う価値はあるだろう。
ナンシー関問題がネックだが、それさえなければマンションに引っ越したいとすら思う。
そもそも、なぜ気安く人の家のインターフォンを押すのだろうか。
その神経がわからん。他人のことを考える神経がないから無神経というのだろう。内田先生のこんな言葉を思い出す。
「世の中に 人の来るこそ嬉しけれ とは云うものの お前ではなし」

電話の必要性について 2月某日 晴れ

電話はもういらないのではないか。
そう思い始めている。
押し売りと集狂のピンポン凸が迷惑だ、ということを書きながら思い出したのだが、家の電話にかかってくる押し売り電話にも私はイライラさせられている。
最近は、似たような電話が携帯にもかかってくるようになった。
家の固定電話に限らず、携帯の通話機能もそろそろいらないのではないかと思っている。
私は基本的に居留守であると同時に、電話にも出ない。
公言するようなことではないが、カミさんと親族からの電話には出るが、それ以外の着信は、仕事関係の人であってもほぼ出ない。
重要なことなら留守電を残すかメールなどで連絡してくるだろう。
そんな風に思っている。
実際、テキストベースのやりとりで、たいていのことは片付く。
電話が発明されたのは今から150年くらい前のことだ。
当時は画期的なことだったのだろう。それはわかる。
しかし、時代は変わる。
あらゆる技術やサービスが栄枯盛衰で、ニーズがなければ不要になる。現状、電話には一定のニーズがあるが、それは話したい人にとってニーズがあるという話で、電話を受ける人はニーズを感じていない。
営業電話を例にすると、電話を必要としているのは何かを売りつけたい人である。売りつけられる側のニーズは留守電サービスや着信拒否という機能にあるということだ。
むしろ電話については、通話機能や電話線というインフラが必要かどうか、という話ではなくて、会話する習慣や声のコミュニケーションの価値の話だと思う。
私は多分、会話するという行為そのものが得意ではないのだと思う。
それはもしかしたら、一方的に何かを発信する物書き商売だからかもしれないし、他人にあまり興味がないからかもしれない。
つまり、少なくとも私には電話はほぼ不要なので、固定電話を解約しようか検討中である。

時間と浦島太郎について 2月某日 晴れ

時間は逆回転できない。
大げさかもしれないが、人生のあらゆる大事な選択をする際に、この当たり前のことをしっかり踏まえなければならないと思う。
例えば、お金は使えば減るわけだが、働いて貯めればまた増える。
人間関係はそれほど簡単ではないが、ケンカしたとしても仲直りすれば関係性は回復する。
だいたいのことは、そういうリカバリーができる。つまり逆回転できる。
しかし、時間は一方通行であって、チャンス、後悔、老いなど様々なものがこの一方通行の中で生まれる。
あの時こうしていれば、という後悔とか、あの時は楽しかった、という思い出とか、人生のいろんな悩みとか喜びも、結局のところ、一方通行の流れをうまく捉えたかどうかである。
育休が2年くらい取れる会社がある。最近は大手を中心にそういう制度が増えているし、休暇を取る男性も増えつつあるのだという。
私はフリーランスという体裁の良いニートであるから、毎日が育休のようなものであり、子供が0歳から2歳くらいに育っていく過程にも割としっかり関わることができた。その期間がとても楽しかったから、こういう制度は積極的に使った方が良いと思う。
2年も仕事を休んだら浦島太郎になっちゃうじゃん、という不安もあるだろう
でも、これも結局リカバリーできるかどうかの話で、仕事はリカバリーできるけど、2歳になった子供が0歳に戻ることはないという話なのだ。
子供は、戸籍上は永遠に子供である。しかし、実態としては大人になるから、子供ではなくなる。一方通行の時間の流れの中で、少年や少女になって自分の世界を広げ、親との距離が遠ざかっていく。
浦島太郎は、海から戻ってパニックになった。玉手箱オープンでジジイになったため、中年期が丸ごと消えた。でも、竜宮城で過ごした時間はきっとかけがえのないもので、経験してよかったはずである。浦島太郎の話の教訓は、人生のあらゆるものを賭けてでも経験した方が良い刹那がある、ということなのではないだろうか。

ファンダについて 1月某日 晴れ
(ギャンブルの話ですので嫌いな方はスルーしてください)


12月の相場は荒れていた。
なんで急落したのか。
急落そのものは珍しいものではなく年に何度も起きる。過熱しているから下がるという需給要因の場合もあるし、海外の事情、景気や政治の不安定さといったファンダメンタルズ要因で下がることもある。
大きな声では言えないが、私はファンダ関連が全くといってよいほどわからない。指標や決算書の読み方くらいはわかるが、基本的には見ていないし気にしてもいない。
だから勝てないのではないか。そうかもね。
ただ、ファンダを掘り下げても、おそらく私は勝てない。ここはおそらくセンスや向き不向きの問題で、ファンダがどうこうではなく、ファンダを見る自分の能力が著しく劣っていると思うのである。
かつてスターバックスが日本に上陸したとき、私はタバコが吸えない喫茶店などあり得ないと思った。だから、絶対に流行らないだろうと思ったし、100万円かけてもよいと思った。しかし、現実は見ての通りで、スタバはキングオブ喫茶店になった。100万円賭けなくてよかったよ。
他にも、流行らないと思ったものが大流行し、流行ると思ったものが一瞬で廃れた例はいくつもあるが、要するに時流や世の中の動きを先読みするセンスがない。株でいうなら、企業や業界のポテンシャルや本質などを見抜く目が悪い。
そう自覚して以来、ファンダの分析をいっさいやらなくなった。かれこれ10年以上も前のことだ。
ならば、テクニカルなら勝てるのかというと、そうとは言い切れないのだが、過去の流れから次を予測する方が私にとってはやりやすい。1年後のことは微塵も予想がつかないが、1分後のことならなんとなく想像できる。
投資関連の書籍や雑誌などを見ていると、ビギナーはファンダの方がやりやすいと書いてあることが多いが、果たしてそうなのだろうか。
私はテクニカルの方がやりやすいし勝ちやすいと思う。
尚、私の2018年のトレードの収支はマイナスである。

無について 1月某日 晴れ

無であることは尊い。
最近、よくそう思う。何でもかんでも「あって当たり前」の時代だからこそ、無の魅力が際立つのではないかとも思う。
例えば、無欲である。勝負ごとに勝ちたいと念じ、勝つために頑張るのが当たり前かもしれないが、無欲の勝利という言葉もある。
無心や無関心もいい。いまどきは、ぼーっとしているだけでもお腹いっぱいになる量の情報が入ってくる。だからこそ、無関心は心乱さずに暮らすための心構えになるし、その先にあるのが無心なのではないか。
無駄。これもよいではないか。効果と効率を追求し、あらゆる無駄を省くのが時流ではあるが、無駄だなあと思うことに楽しみが潜んでいたりする。私が携わっている物書き商売だって、世の中に不可欠かと言えばそんなことはない。あってもいいし、なくてもいいが、あったらちょっと楽しくなる。そんな仕事である。
無茶や無謀もよいし、無職は、究極的には理想的な生き方であるとすら思う。
先日、ある打合せに参加する機会があった。とはいえ、私が直接引き受ける仕事ではなく、何か気づいたことがあったら自由に意見を言ってくれ、と知り合いに頼まれ、参加した打ち合わせだ。つまり賑やかしである。
気づいたことをいろいろいい、余計なこともいい、打ち合わせは無事に終わった。
その後、打ち合わせに参加していた人と雑談していたら、ふと「ところで、伊達さんて何者なんですか?」と聞かれた。
これにはシビれた。無の存在として認知してくれたような気がしたからだ。
社会生活は、お互いが何者かわかった上で成立している。何者かを定義する要素はいろいろあるが、例えば、肩書き、背景、関係性、出自などがあるし、打ち合わせに参加するなら、参加している理由や役割なども要素になる。
ただ、その時に限って言えば、私は何者でもなかった。何者でもない人が何かいい、なんとなく役に立つ。その状態の心地よさと、心地よいことに気づかせてくれた一言にシビれたのである。
何者かわからないけど、なんとなくそこにいるという意味不明な存在を、私は今後も目指したい。実はそれが、身分を明かすことによって成り立っている社会において、唯一無二の存在となることにつながるのではないかとも思う。

目線について 1月某日 晴れ

相手の目線に合わせよう。
最近、そんな感じの姿勢が流行りだ。
社長は従業員の目線に立って現場を理解する。従業員は経営者になったつもりで視座を高くする。そうすることによってお互いが理解しやすくなり、なんだかんだあって成長につながり、生産性が高まる。そんな話である。ビジネス書や自己啓発本にもそのようなニュアンスのことが書いてあることが多い。
正直なところ、私にはまったく理解不能だ。
ニュースなどでも似たような論調が展開されている。政治家は国民の目線に立つべきだ。そんな話である。こういうのも理解できない。
本当にそれでうまくいくのだろうか。
社長が従業員の目線に合わせるということは、突き詰めていえば、隣の席の同僚が社長になるようなもんである。それで経営がうまくいくか。いくはずがない。
政治家が国民目線を持つということは、公園で日向ぼっこしているおじいちゃんが政治をするということだ。それで国が発展するか。するはずがない。
相手の目線に合わせようとすることは、ある意味では傲慢で、相手を軽んじる行為とも言えるだろう。自分の目線を下げるのは、自分の方が上だと思っていることの現れであるし、自分の目線を上げられると思うのは、誰でも簡単に目線が高い人と同じ景色が見られると思っているからだ。
商売の面から見ても、最大公約数を狙うマス広告が生きていた時代なら、目線を合わせる効果が多少はあったかもしれない。しかし、今は多様性の時代である。マス広告はほとんどお金の無駄遣いだし、他人と違うことが価値を高めている。
それでも目線を合わせたがるのは、頭のどこかに「一緒が安心」「話せばわかる」といった考えがこびりついているからだろう。友達のような母娘とか、上司部下の隔たりをなくすといったことも、根底にあるものは同じであるように思う。
100歩譲って、子供の目線に立つ意味はわかる。子供は理解力や発信力が未発達だから、相手の目線まで下りないと何を言いたいのかがわからない。しかし、子供や社会的弱者でなく、五体満足の大人なら、それぞれが自分の目線でものを見る方が良いのではないか。
さて、「読者目線で書き直し」という修正指示が来ている。どう対処しようか。

抱負について 1月某日 晴れ

1月は短い。
厳密にいうと31日あるから他の月より長いのだが、お正月があり、その翌週には「また休みか」とつっこみたくなる3連休があり、そうこうしているうちに中旬になり、下旬になる。
年末の締め切りで出した仕事が、修正とか校正で一斉に戻ってくるのも1月である。この量がハンパない。それを右から左に流しているだけであっという間に月末である。
だから、1年は実質11ヶ月なのだと思っていた方が体感的にはぴったりくる。
年初に目標を立てたり抱負を語ったりする人は多いが、バタついている間に何をするつもりだったか忘れてしまうのではないか。
そうはいっても節目なので、一応、目標を立ててみる。
さて、今年は何をしようか。
昨年は、ありがたいことにいろいろな仕事をさせてもらった。
質的にも量的にも充実していたし、正直にいえば量的な充実が過剰で、「今日はちょっと暇かな」と、ひと息ついたのは肌寒くなった11月のことだった。
無論、その暇もつかの間で、再び全力で走らなければならない時期になり、そのまま今に至る。
私のような人間になんでそこまで依頼が集まるのかわからん。
おそらく景気が良いのだろう。少なくとも私の周りの会社はどこも景気が良いはずである。つまりお金が余っているから私のところに流れてくる。ありがたい。
そういう波に身を任せるのも処世術の1つだと思うので、頼まれれば二つ返事で引き受ける。据え膳はありがたくいただくスタイルだ。
ただ、それでは申し訳ないとも思うので、せめて期待されたレベルの仕事はする。120点は出せない。でも100点は出せる。100点を目指すと90点になるので、120点を目指して100点をとっていく。110点でたら御の字。そんな感覚で。
それが今年の抱負である。
意識高い系の人にはハードルが低く感じられるかもしれないが、私にはこれくらいのハードルがちょうどいい。
気づけば今年も残すところあと11ヶ月であるが、遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

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ライター 伊達直太

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